冨永 祥子 とみなが ひろこ |
日本建築学会理事 福島加津也+冨永祥子建築設計事務所副代表 工学院大学建築学部建築デザイン科教授 |
コロナウィルスの影響が心配された今回のコンペだったが、蓋を開けてみればそんな懸念を吹き飛ばすようなレベルの高い作品が集まっていた。 瓦は長い歴史と新しい可能性の幅広さという点で、日本では木に近い立ち位置の素材とも言える。伝統から生まれる象徴性や、強度・重さ・断熱・リサイクルなど工業製品や環境要素としての特性、造形の自由さや可変性など、実に多様な顏を持つ。これらの視点に照らし合わせながら議論を進めた。 「岩国のアトリエ」は、アトリエ棟と住居棟の組合せが「土塀+煙抜きのある母屋」の風景を連想させる。個人邸ながら完結せず風景と接続する、拡張性を持った作品である。「灯屋 迎帆楼」は、犬山城の足元に広がる賑わいの風景を、屋根の重なりで見事に再生(復元ではなく)している。両者とも瓦の持つ「イメージの喚起力」を巧みに生かした例だが、一方で瓦の現代性に挑戦した作品もあった。「龍谷大学大宮キャンパス 東黌」は、キャンパス内の歴史的景観を継承しながらも、屋根勾配や分節の仕方、端部の納まり等の緻密な検討により、現代的な瓦屋根の表現を追求した。「HUG GARDENほしのさとKids」は、けらばや軒先に役物を使わず、簡素でよりカジュアルな瓦デザインの可能性を示している。いずれも形態や使い方の新奇さではなく、当たり前と思っていた建築言語を丁寧に見直すことで、現代性を生み出した点に特徴がある。また「J.GRAN THE HONOR 下鴨糺の社」は、厳しい景観制限の中、階高調整やセットバック等の慎重な操作によって、「集合住宅+瓦屋根」という難題を高いレベルで実現した作品である。 学生コンペティションで印象的だったのは、「瓦を水の中に入れる」「瓦の上を歩く」という提案が数多く見られたこと。瓦=見上げるものという既成概念に囚われていた私には新鮮だった。真崎案は、単位の集積からできる有機的な形、音に有効な重量や硬さなど、瓦の特性を素直に生かしつつ、原料に地域性も盛り込めるという展開力のある提案。宮内・市川案は水を受け流すという従来の機能に「断面を見せる」「風を通す」という新しい魅力を提示しており、梨案はランドスケープとしての瓦を駆使し、現存する瓦屋根と共に新しい農村風景を作る点が斬新だった。 甲乙つけがたく、悩みに悩んだ審査だったが、素晴らしい力作に向き合えた至極の時間でもあった。コロナ禍ながら、審査員と事務局の皆様の多大なるご協力で充実した議論ができたことに、心からの感謝を申し上げたい。 |
近角 真一 ちかずみ しんいち |
日本建築士会連合会会長 株式会社集工舎建築都市デザイン研究所 代表取締役 |
金賞の岩国のアトリエは、画家のアトリエ棟と住居棟が間近に並んで立ち、鬱蒼たる林を背景に二筋の瓦屋根が浮かんで見える作品である。住居棟の腰屋根が僅かに三筋目を構成していて、瓦屋根の群造形と足元の土壁のシンプルな構成は、この丘陵地に並ぶ古民家の構成要素をギュッと凝縮した趣がある。両棟の軸線の僅かなズレに集落らしさが表現されている秀作である。 もう一つの金賞は一般部門の龍谷大学大宮キャンパス東黌である。本館を中心に北黌・南黌の明治期の擬洋風建築物である3棟の重要文化財が骨格を作る中央キャンパスの東側に、通りを挟んで小規模に建ち並んでいた近年の校舎群を一新し、このエリアにも伝統的景観要素を取り込み再開発した作品である。3層の教室棟の前面に2階建てのファサード棟を付加することで、そこに北黌・南黌のスケール、切妻の瓦屋根、列柱のスパン、アーチ、ベランダ、開口部のリズムを継承することで東黌のイメージを作っている。しかし構造・構法はすっかり翻案(木造⇒鉄骨造、木柱⇒アルミ鋳物)されていて、継承と刷新の見事な対比が見られる。屋根勾配は緩く、バルコニーの奥行きは深く刷新され、軽快で現代的な表情を見せている。建築デザインのヘリテージの捉え方に一石を投ずる一品と言える。 銀賞は一般部門から、灯屋迎帆楼が受賞した。犬山城のふもと木曽川の岸辺の馬場跡に大正年間に創業した旅館の2度目の建て替えである。25年前には近代的ホテルに変わり、今回は一転して江戸期の街並みを思わせる長大な和風旅館に復した形である。スリットや切り返しを設けて、長い屋根を節づけることで町屋の集合体に似せている。景観的には犬山城の足元に広がる城下町然に見えるが、良く出来ているだけに、実際に実在する犬山城の城下町と誤解されないデザイン上の一工夫が欲しい所だ。 銅賞のHUG GARDENほしのさとKidsは特養やデイサービスセンターが並ぶ介護施設の敷地の一角に建てられた保育園で、居並ぶ他の建物と対比して小ぶりで可愛らしい建物で、幼児が高齢者に見守られている情景である。この地域で良く見られる赤い石州瓦の切妻の単純素朴な単位が3つ、軸線を左右に振りながら連続している。 景観賞はJ.GRAN THE HONOR下鴨糺の杜である。世界遺産である広大な糺の杜の南端に伸びた下鴨神社の参道に沿った境内地に社家町に囲まれ開発された定期借地権分譲マンションである。伝統的な町組が崩れてきている社家町の中に、ニレの樹林を丁寧に避けながら瓦葺切妻3階建てのマンション8棟を掘り下げて低く組み込むことで歴史的景観の再生に成功している。 学生部門での受賞作品には、瓦の素材を生かした創作物である空間要素が環境に働きかけることで新たな活動領域が切り開かれていくという共通の発想が見られる。 金賞に輝いた石州瓦と茅葺の小ホールは廃瓦を屋根でも外装でもないインテリアの壁面として使おうという逆転の発想から生まれた提案である。外壁は土壁、屋根は茅葺、小さなキノコのような外観が連続して群となり森の中に広がっていくファンタジーの世界である。 銀賞の瓦路(カワ・ラジ)は廃瓦で作るラジエーター。瓦を空隙大きく積み上げ、縦にワイヤーを通してテンションを掛けて固定し、都会の遊歩道の側壁とする。ワイヤーに沿って上から水を流し、全ての瓦の凹面に水を貯めることで、風が側壁を吹き抜ける度に水の気化熱で冷やされ、都市のオアシスの風となるという発想である。 銅賞の瓦が紡ぐ農村風景も農家の瓦屋根の葺き替えで生まれた廃瓦を使うというアイデアである。廃瓦を用水路の護岸の魚巣や農道の舗装として再利用することで、魚や植物の生態系が保全されるとともに、子供たちの遊び場となる。舗装面に使う小端立て瓦の上端と水田の水位をそろえることで水田と農道が水面で連続していくというイメージもまたファンタジックである。 |
原田 真宏 はらだ まさひろ |
日本建築家協会 MOUNT FUJI ARCHITECTS STUDIO 主宰建築家 芝浦工業大学建築学部建築学科教授 |
懐かしくて、新しいもの。 「瓦」には、そんな印象を抱いてきた。この原稿は富山へ向かう北陸新幹線の中で書いているが、停車駅がある大都市を抜けて暫く行くと、車窓に次々と黒かったり赤茶色だったりする瓦屋根を乗せた屋並からなる集落が現れてきて、ほっとした気持ちになる。外は雨が降ったりやんだりしているが、屋根の勾配は雨をうまく居住域の外へとかわす形であり、材料は土地の土でできていて(もちろん、他処からの流通が多数だろうが)、その自然と対峙し闘うのではなくうまく付き合い、折り合っていくようなありように、伝統的なこの国の文化を見る思いがして、懐かしく、また好ましく思うのだろう。雨の中、肩肘を張った佇まいの箱様のビルが立ち並ぶ停車駅周辺の都市風景をみると何か気が張るようになるが、まったく対照的である。 また、そんな瓦の持つ「vs自然」ではなく、「with自然」とでもいうような基本的な姿勢に、私たちの文明を未来へつなげていく「新しい知恵」をみる気もする。サステナビリティ、SDGs、エコロジー、ゼロ・エミッション等々という、現代の世界的に共有される課題に対して、この自然と人の営みが一つの循環系をなしてきた古来からのテクノロジーはヒントを与えてくれているのである。 今回集まった作品はどれもこの「懐かしく、新しい」ところを、その比重の差こそ様々であるが、示してくれたようである。全ての作品とはいかないが、いくつか取り上げてみたい。 「灯屋 迎帆楼」は同じ料理旅館の3代目となる建て替えである。初代は切り妻瓦屋根を乗せた形式で、前面の海、背後の山という豊かな自然の間にそれら調停するような佇まいを見せていたが、2代目はいわゆる箱型のRC造となり、応募作の3代目はその失われた自然との調和を、軽やかに連結する瓦葺きの切り妻屋根によって取り戻すことに成功している。同じく伝統的な古都の景観地域内の集合住宅「J.GRAN THE HONOR 下鴨糺の杜」も通りに向けて瓦屋根庇を向けて、壁ではなく奥行きによって通りと繋がりながらも居住域の落ち着きを得るというかつての町屋のあり方を、断面的な床の高低を工夫することで現代に再生している。一見地味だが素晴らしい手腕だと思う。経済産業大臣賞に選ばれた「龍谷大学 大宮キャンパス 東黌」もまた和洋の形式が混在した擬洋風とよばれる建築形式を、表層的ではないかつての意匠の世界観の本質的な理解によって再創造しており、これらは記憶の中にある懐かしさに通じるところが大きい作品群だった。 「HUG GARDENほしのさとKids」は土を焼成した素材としての瓦の即物性をうまくデザインとしている。その素材の素朴でプライマルな扱いや、切り妻棟の文節部分の三角テラスの抜け感など、様式に抑えられすぎないところも、自由な可能性を触発すべき子供の施設として、新しい適切さを示していたようだ。他に新しい可能性を示した作品として瓦をダブルスキンの環境装置として扱った「淡路島の住宅」も印象深い。学生部門でも多く提案された瓦の持つ環境性能的側面に着目し、これを実現した先進的な姿勢に共感する。 国土交通大臣賞となった「岩国のアトリエ」は切り妻瓦葺は伸びやかな切り妻瓦の棟二棟を少しの角度を持って並列し関係づけた作品だ。このほんの少しの角度が周辺との景観的応答と空間的効果の両者を同時に生み出していて見事だ。切り妻の文化的記憶の継承と、その様式に落ちすぎない瓦や木材の理知的で合理的な扱いが新しく、まさに懐かしく新しい作品で印象深かかった。 全作品を振り返ると、「瓦」という題材を共通項としたときに、未来への可能性と、過去からの記憶が、分断されず繋がっていることに気づかされた。これは過去と未来の分断を潜在的な傷として持つこの国の文化にとって、有効な処方箋となるのではないだろうか。瓦にはそんな可能性がある。今後の継続的な展開を期待したいと思う。 |